何故だったのか5
2008年春、上海から東京へ戻った。
それでも人との出会いは加速したし、気付けば日食まで1年を切ろうとしている。この時点で僕はまだ、日本で見ることを考えていた。 「トカラのパーティで。」 使い古されたこの標語に会うパーティはなかなか見つからない・・・ そんな中、僕はあるパーティに誘われて行った。 富士山の麓、朝霧高原である小さなパーティ。 有名なDJも目を奪われるデコも無かったが、 間に1人友達をかませば大抵繋がるパーティは変な気構えが無くて楽だった。 中々見つからない目的地と、偶々知った小さなパーティの心地よさは、 徐々に自分で目的地を作る方向へ舵を切らせた。 |